長野県芸術監督団事業

【音楽】小林研一郎芸術監督の息遣いを感じるレクチャーコンサート②

「コバケンとその仲間たち音楽祭 in 須坂」の2日目のプログラムは、須坂市文化会館メセナホール大ホールへ場所を移してのレクチャーコンサート。これこそ、小林研一郎監督の現場でしかありえないようなイベントではないでしょうか。それは、オーケストラがどんなふうに曲を作り上げるか、そのリハーサルを観客席から体験できる機会なのですから。この日は、コバケンとその仲間たちオーケストラからスピンアウトし、プロ演奏家育成を目的に若手を集めた「コバケンとその仲間たちプレミアオーケストラ」による演奏でした。

小林監督がタクトを振り下ろす。演奏が始まると同時に「ウ、ウ、ウ、ウッウ、ウー」という低い声が演奏よりも大きく響く。一瞬、スピーカーのトラブル?かなと思いましたが、「そうだ、小林監督はマイクをつけているんだった」と思い直します。「ウ、ウ、ウ、ウッ」は小林監督が指揮をしながら、ここぞという瞬間に力を込めるときに発せられる唸りなのです。そうした普段は聞こえない、ちょっとした唸りまで聞こえてきたことで、ステージ上の出来事から、自分もステージ上にいるような臨場感を感じでなんだかドキドキしてきます。

順番が逆になりましたが、実は冒頭で進行役の朝岡聡さんからこんな説明がありました。
「レクチャーコンサートといっても、偉い先生が出てきて皆さんにお話ししながら演奏を聴くわけじゃないんです。かと言ってマエストロが一方的にお話しするわけでもありません。オーケストラというものが、新しいプログラムをどうやって具体的な音楽や響きにしていくか、曲を仕上げていくプロセスをご覧いただくコンサートでございます。つまりマエストロがどんな表情をしていたか、どっちの方向を向いてどんな指示をしていたか、演奏者がどういう表情をしているか、従いまして必ずしも後ろ寄りの真ん中の席がベストではありません。かぶりつきで見ていただいた方がいいわけです。普通のコンサートは出来上がったものを聞きに行くわけですが、初めての曲をどう作り上げていくか、指揮者とオーケストラが実際にリハーサルする現場は普通は見たり聞いたりできないんです。しかも世界のコバケンです! 皆さん肌と耳と目で感じてください」

この日の“課題”は「ローマの謝肉祭」。この曲の背景を、続けて朝岡さんが紹介します。
「序曲とありますが、オペラの序曲ではありません。とある大失敗に終わったオペラの曲を使って、新たに作り直した曲なんです。ベルリオーズは、オーケストラの音をどうやって響かせるか、どういう楽器を使うか、とてもユニークな発想の作曲家。そしてこの曲は華やかな助走、ゆったりとしたロマンティックな響き、テンポの速い部分でできている」などなど。ほかにも、当時はローマ大賞という奨学金制度があってフランスから留学生がたくさん来ていたこと、イングリッシュ・ホルンという楽器がロマンティックなメロディ部分に有効であること……。イメージが膨らみますね。

演奏に入る前に、どんなメンバーがオーケストラに参加しているかが紹介されました。メンバーの中には家族で参加している演奏家、朝岡さんのご子息や小林監督の義娘さんもいて、まさにファミリー的な親しみやすさもあります。そうしたメンバーがプロやアマチュア、日本人や外国人、障害のあるなしなど、あらゆる境界をすべて取り払って音楽をつくり上げるのがこのオーケストラであり、このコンサートなのです。

そういえば、今回の首席ヴィオラ奏者を務めた阿部真也さんがおっしゃっていました。「僕が知り得る音楽界の中では、オーケストラ奏者に対して、もっとも感謝をしてくださっている指揮者が小林先生だと思っています」と。いよいよリハが始まる直前、「僕にはこの指揮台は高すぎます。上から見下ろす感じが嫌なんです」と半分の高さにするようオーダー。「まずは通してみましょう」と腰を落として、顔を左右に振りながら細やかに指揮する小林監督から飛び出すのは「ナイス!」「ありがとう」「素晴らしいー」という感謝の言葉ばかり。そして普段の柔和な小林監督ですが、ポイントポイントを細かく修正するときは、打って変わって、「もうちょっと強めに、もっと」「さあ、ここからクレッシェンドで」「今、誰に聞いてもらおうと思っている? それはお客様だよ」と鋭い声が響いています。
あるときはヴィオラ奏者全員に立っていただき、客席に向かって演奏してもらったり。またある時は、「このメロディを口で言ってごらん」と歌わせたり。
一通り演奏を終えると「ありがとう、素晴らしかったね。もう出来上がっちゃっているね。もっと難しい曲を選ぶんだった」と茶目っ気を見せたりもされていました。

指揮者といえば、その演奏を取り仕切るリーダーという印象がありませんか? 小林監督だって、もちろんそうなんです。ただ、例えば朝岡さんや瀬崎さんがトークされているときには、わざわざ指揮台を降りて、一歩下がってニコニコ聞いています。そして音を実際に出しているオーケストラのメンバーに敬意を伝え、聞いてくれている観客への感謝を届けるのです。どうやら、そういう姿勢こそが“世界のコバケン”の魅力なのかもしれません。

贅沢なレクチャーコンサートは、第二部は「ローマの謝肉祭」を通して演奏して終了しました。もちろん、いいものを見た、いい経験をしたお客さんたちの思いのこもった拍手で幕を閉じました。