【演劇】トランクシアター・プロジェクト2019『月夜のファウスト』開幕!

「おもちゃ箱を引っくり返したよう」という表現があります。昔からよく使われる慣用句ですが、長野県芸術監督事業、トランクシアター・プロジェクト2019『月夜のファウスト』はまさにそんな形容が似合う舞台でした。

舞台写真撮影:marehito.antoku

 物語が繰り広げられるのは二間(3.6メートル)四方の舞台。串田監督と俳優陣は、その舞台の下で待機し、着替え、出番になると舞台の上で演技を始めます。と言っても、ほとんど舞台の上にいる状態ですが(笑)。

 『ファウスト』といえば、ゲーテが書いた戯曲が有名です。でも実在したと言われる、悪魔に魂を売って期限つきで若返ることになった男ファウストの物語は、ゲーテが戯曲を書くずっと前から、庶民の間でさまざまな枝葉がつけられて語り継がれていました。そういう意味で『月夜のファウスト』は、いわば現代日本に生きる串田監督らキャスト&スタッフによって語り注がれる、トランクシアター・プロジェクト版とも言える新たな物語なのでしょう。

 行進するように舞台にやってきた出演者たちは「ジャーン(ミソド)・ジャーン(レファシ)・ジャーン(ミソド)」の伴奏に合わせてお辞儀(音楽会とかでやりますね)、まずは「霞か雲か」の演奏を始めます。そして語り始められたのは、中世ドイツの物語ではなく、なぜか戦後の武蔵野の風景や人びとの暮らしぶり。貧しいながらも、誰もが生きるために必死になっていた時代のことです。それは「K」という目が見た記憶。串田監督は、二つの時代の世界をつなぐキーワードとして、ブリューゲルの絵を挙げていました。バラックにこもって研究を続ける発明家、駄菓子付きの紙芝居の結末が薬品の爆発だった話など、散りばめられた戦後日本の姿とファウストの物語の一場面とがところどころでオーバーラップしていきますーー。と、ここからは実際のお芝居を見ていただくとしましょう。

 「おもちゃ箱を引っくり返したよう」な舞台。そのさまざまな“おもちゃ”を貫くコンセプトは「お誕生会」だとか。俳優たちの演技は、どこかのお家の客間で行われているパーティの演し物のよう。実際、照明も小道具もどんなお宅にもあるようなものしか使っていないのだとか。リコーダーやハーモニカでの演奏、手回しの幻燈、棒使いの人形劇などなど素朴で、懐かしく、温かみがあって、ほんのりとオシャレでもあり、とにもかくにも串田監督のセンスが小さな空間の隅々まで行き届いているのです。奔放に飛び交うシーンを、飯塚直が演奏する音楽が柔らかく一つの世界観へとくるみます。もう奇跡のような音楽。だから一回めはお芝居に、そして二回はぜひ音楽に注目して観ていただきたいと思うほどです。

 さて上田・犀の角での幕開けは、当日券のお客様も多く、急きょ脇に席を設けるなど大盛況、大きな拍手の中で終えることができました。俳優もスタッフも初日ならではの緊張から、解き放たれた瞬間です。この舞台は決して難しいものではなく、非常に身近な感じのする、お子様も大人も一緒に楽しめるものになっています。

 これから県内10カ所、県外2カ所でのツアーが始まる『月夜のファウスト』も、地域の空気をたくさん吸い込んで生まれ変わっていくでしょう。どうぞ、お楽しみに。