上田市の文化の拠点として、さまざまな作品を発信している小劇場「犀の角」のスタッフとして、企画に携わったり、照明を担当したり、または自身がプロデューサーとして作品を立ち上げたりもしている伊藤茶色さん。2019年はトランクシアター・プロジェクト2019『月夜のファウスト』の照明担当として、今年は『そよ風と魔女たちとマクベスと』に制作として長野県芸術監督団事業に携わっている。高校の演劇部を経て、地元・上田市の劇団の制作担当者として演劇のキャリアを積んできた伊藤さんですが、プロフェッショナルに囲まれた現場は長野県芸術監督団事業がほとんど初めて。県内で活動するスタッフに経験を積んでもらい、次の世代につなげていくのも、この事業の目的の一つ。果たして伊藤さんはどんな体験をしているのでしょうか。
伊藤 『月夜のファウスト』では、稽古から県内をあちらこちらツアーさせていただいた時間の中で、自分自身が演劇に向かう姿勢、舞台の照明家として作品に向き合う姿勢について、すごく考えることができたと思うんです。と言うと充実していた感じに聞こえるかもしれませんが、結果的には自分の中で考えた照明プランを、演出をされている串田さんに具体的な形で提案することが最後までできませんでした。それはとても悔しいことでしたが、作品にかかわる以上、単に照明家という技術者としてそこにいるのではなく、照明を担当するアーティスト、遊び心を持った人間としていなければいけないなという自覚が芽生えました。
(写真:トランクシアター・プロジェクト2019『月夜のファウスト』より)
伊藤 『月夜のファウスト』では、高くもなかった鼻を勝手に自分で折ったんですね、何もできなかった私自身への自虐の念が強すぎて。ツアーの最中も、ずっと周りのスタッフさんに、そんなに気負わなくていいよ、抱え込まなくていいよと声をかけていただいたり、心配していただくような状況で居続けてしまったことも申し訳なくて。ツアー直後はもう私は照明に向いていない、すべてを辞めようと考えるくらい落ち込みました。
そんな中、上田街中演劇祭で、国内外で活躍しているダンサーの山田せつ子さんが、上田近辺で活動するアーティストさんたちと一緒にダンス作品をつくる企画に遅れて参加したんです。せつ子さんが作品に向き合っている姿とか、共演するアーティストさんたちに投げかけている言葉が、私が串田さんからかけられた言葉や、足りなかったと気づいた部分にすごく重なって。どんな立場であっても作品づくりに参加するのであれば、大事にしなければいけないこと、全うしなければいけない役割があるんだと改めて気づいたんです。
たった一カ所ですが、これだけは実現したいという明かりのアイデアを、せつ子さんが採用してくれたんです。それがとても嬉しくて、やっぱり私はクリエイションという場が好きなんだ、作品をつくる現場にいたいと思い直したんです。
伊藤 だと思います。思いたいです。その後、串田さんが率いる劇団TCアルプの『jam』という作品にも照明として呼んでいただきました。『jam』では、舞台セットとして一つの大きな箱を舞台上に組んだのですが、私には箱に明かりを入れるという感覚がわからなくて、またもや思考停止してしまい、舞台監督に心配をおかけするなど迷惑をかけてしまいました。本当に明かりって難しいなって思います。そんな中でも串田さんが「こういう明かりがほしい」とおっしゃることも、言われた理由がつかめると、その必要性がすごくよくわかるし、素敵なんですよ。そういう発想がどうやったら出るんだろうって、悔しかったですね。
伊藤 私が串田さんから言われた言葉で、ショックだったけれど一番うれしかったのは「茶色の明かりには色気がない」ということでした。「情緒が足りない、情緒を表現するにはどうしたらいいかをもっと考えなさい」と、真っ直ぐ目を見て言ってくださったんです。グサッとは来たけれど、伝えていただいたことで課題を持つことができました。
伊藤 実は今回は、最初からプロデューサーの津村卓さんから「制作で」と言われていました。役者さんやスタッフさんが稽古に専念できる環境をつくる役割です。私の所属していた劇団が活動を休止して、私も照明でいくのか制作でいくのか、どっちつかずでいたんです。自分でもモヤモヤしていて、今回は制作に重点を置いてみようと。ただ実際に現場でやっている内容は演出助手に近いです。『月夜のファウスト』ではTCアルプの細川貴司さんがやられていたお仕事ですね。今回は細川さんに役者に専念してほしいということで、串田さんが「茶色を俺の横に置いておけ」とおっしゃったそうなんです。串田さんが役者さんに指示したアドバイスを整理したり、次の日の稽古の内容を相談したり、串田さんが皆さんに伝えたいことをメモして準備しておいたり、日々の稽古の日記を書いたり。私自身、初めて経験する仕事ですが、串田さんからは「初めてだからわからないこともあるだろうけれど、できるできないは構わない、自分の役割に全力で取り組みなさい」と言っていただきました。