まず、芸術文化推進室長の阿部精一より2018プロジェクトの全体的な事業報告と、合わせて2019プロジェクト募集の概要が説明されました。(プレゼン資料にリンク)
報告された7地域の観覧者数は全体で477人。公演平均68人となりました。各地域実行委員会が開催した取り組み・イベントへの参加者や、約1年に渡る地域での準備過程において関わったいただいた関係人口は、正確には把握できておりませんが、相当数であったと考えます。時間をかけ、地域の方々との接点を多く持つことで、単なる演劇公演事業でなく、地域における将来に渡る芸術文化振興の持続可能な活動地盤強化に寄与できたと考えています。
続いて、2018プロジェクトの代表の皆様に、「或いは、テネシーワルツ」の公演日の順番に、飯綱→辰野→大町→上田→須坂→伊那→佐久穂と、それぞれ10分ほど簡潔なものでしたが、各地域での事業内容をプレゼンテーションしていただきました。
串田和美氏主演の「或いは、テネシーワルツ」を地域に迎え入れ、この公演を盛り上げるための取り組みとして、地域ごとに特色ある様々な催しを行っていただきましたので、これらの発表が中心でしたが、公演に至るまでの体制づくりや地域巻き込みの苦労など、経過について詳細に発表いただくプロジェクトもありました。(地域での取り組みは、各地域実行委員会の代表者の方がレポートいただいていますので、ぜひそちらをご覧ください。)
飯綱プロジェクト/辰野プロジェクト/大町プロジェクト/上田プロジェクト/須坂プロジェクト/伊那プロジェクト/佐久穂プロジェクト
第2部では事業報告をいただいた2018プロジェクトの代表の皆様に、2019プロジェクトの推進を検討されている東御と木曽の代表者も交え、パネルディスカッションを行いました。東御・木曽からの投げかけとして、このプロジェクトが地域に残したものは何か、今後の展望をどのように考えているかについて、各地域の考えを述べていただきました。
飯綱からは、事業の持続性を生み出すことが大切という発言のもと、来期2年目の実施に向けた事業構想が発表されました。一方、辰野プロジェクトでは、実行委員会を文化振興コミュニティーに発展させ、継続的・自律的に文化イベントの開催と地域振興をはかるというプロジェクトからの「独立宣言」が発表されました。大町からはプロジェクト如何に関わらず、地元高校生と地域アーティストとの架け橋となることを維持したいという意思が示されました。上田からは人材育成像としている「市民プロデューサー」の人材像の明確化が必要ではないかという問題提起とともに、民間劇場経営2年の実績の上に、今回のプロジェクトがより一層地域との関係を密にする契機になった、若手アーティストと串田さん等との交流にも意味があったと発言いただきました。須坂では劇場を取り戻すという趣旨で行い、関わった人の間で一定の効果はあったが継続に意味があると。伊那は串田演劇を地域で観たいという一念で推進したが、結果的に開催地高遠や付帯イベントに参加いただいた地元の文化団体間の交流が深まることにもつながったと総括いただきました。佐久穂からはまちづくりの原点は人の想いの集積であることを再認識するきっかけとなったと、今後の街づくりに思いを新たにされていました。
会場からも持続的活動するために資金面はどうなっているか、集客にどのような工夫をしたかといった質問が出され、各地域からどこまでやるかによって費用は決まるので、できることとやりたいことのバランスを取ればいい、地域で独自のチラシを作成し地域イベント含み広報したなどの回答がありました。
地域が演劇に近づき、演劇が地域に寄り添うという、この2つのベクトルの重なりがより大きくなることをイメージして本プロジェクトを進めてまいりましたが、地域と演劇(あるいは文化芸術)は別々のものとしてあるのではなく、そもそも一体のものであり、地域が当たり前に演劇を需要している状態を創造すること、あるいは演劇が地域の力となり活力ある地域として持続することも含めて、それ全体が芸術の創り出す現象ということができるのかもしれないと提言させていただきました。こうしたことについても地域プロジェクトの皆さんと考えていきたいと思います。
串田監督からも「時間が必要だよ」と言っていただきましたが、目指すところは地域、というよりそこに暮らす人々が精神的に豊かになること、それこそが「文化」だとも言えるのではないでしょうか。
芸術文化コーディネーター
田村 守康